遺産相続のときに亡くなった方が個人事業主、もしくは法人の社長である場合、事業を引き継げます。
引き継ぐ側の方も個人事業主や法人の社長であれば、経営や事業の知識があって問題も少ないでしょう。しかし会社員をしていた場合、突然、経営や事業を引き継げると言われても難しいはずです。
そこで会社を引き継いだ場合に必要な手続きや、知っておくべき注意点を簡単に解説していきます。
まずは「個人事業」か「法人」かを確認する
タイトルでは「会社を遺産相続」と書きましたが、実際は株式会社などの「法人」を引き継ぐことは出来ません。
詳しくは後の「法人を相続するときのポイント」で解説します。
一方の「個人事業」は引き継ぐことは可能です。
このように亡くなった方が経営者だったのか、それとも個人として事業を営んでいたかで相続するものや注意すべき点が大きく変わります。
大切なことは、亡くなった方が法人の代表(つまり代表取締役)なのか、それとも個人事業主なのかを確認することです。
「個人事業」を相続するときのポイント
被相続人が個人事業を営んでいたときの相続のポイントを見ていきましょう。
個人事業の例としては、運送、修繕、清掃、クリーニング、美容、弁護士や税理士などでしょう。近年、日本でも増えているフリーランスも個人事業主です。
最初に知っておくべきことは「事業をそのまま継続する」手段はないことです。
書類一枚に印鑑を押して関係役所に提出するだけで手続きが完了、ということはないので注意しましょう。
では何をするのかと言うと、事業用財産の相続手続きや開業届の提出をしなければなりません。また従業員がいるのかなどの条件によっても、出さなければならない書類が増えることもあります。
個人事業主の場合、事業用財産(運送であればトラックなど、クリーニングであればクリーニング器具など)も個人に帰属します。
つまり被相続人が個人事業主のときは、仕事のための器具や物品、それに仕事で使っていない財産(その人の預貯金や衣服など)を含めた全てを相続できます。
出来る限り事業用の財産を一人が相続する
事業を受け継ぐときの最も大切なポイントは「出来る限り事業用の財産を一人が相続する」でしょう。
例えば、父が個人事業主であり遺言を残さずに亡くなり、母は事業を継がず、そして子どもが二人いたとします。
このとき子ども二人が父の事業用財産(個人的な財産も)を受け継ぐ権利がありますが、事業を相続するときはなるべく一人が相続するようにしましょう。
事業を受け継ごうとしているのに、兄弟や姉妹で分けてしまっては、事業自体ができなくなることもあります。
事業用財産と個人の財産を出来る限り明確に分けておく
事業の相続で迷って時間をかけていては、いざ引き継いだときに従来の取引先との契約がなくなる、従業員が辞めるなどのリスクがあります。
これらのリスクは事業が立ち行かなくなることにもつながるため、相続にはあまり時間をかけないようにしましょう。
ここで重要なのは現在、事業をしている方が事業用財産と個人の財産を明確に分けておくことです。明確に分けておけば、事業を引き継がない方が誤って事業用財産を受け取ることを防げます。
同時に生前の間に、子どもが事業を継ぐ意志があるのかを確かめておくと、よりスムーズに相続ができるようになるのです。
事業は簡単に引き継げない
この章の冒頭で、亡くなった方が事業に使っていた設備や器具なども相続できると書きました。
このように聞くと「父(もしくは母など)の財産を受け取ったら、すでに事業が成り立っているからすぐにビジネスができる」と思われるかもしれません。
確かに相続すれば、以前のようにサービスを展開することは可能かもしれません。
けれども取引先との契約は、以前の事業主の名義で行われていることでしょう。
そのため取引先との新たな調整や、契約の更新は行わなければならないことは注意しておきましょう。
受け継ぐときは、生前から経営者から仕事のことや取引先のことをしっかりと情報共有しておくことがオススメです。
事業の相続を問題なく行うために、事業主とその子どもの話し合いは絶対にやっておくべきです。
事業を継ぐ気があるのかということで、事業用財産をどうするのかということも決めやすくなるでしょう。
また事業用財産と個人の財産を分けるといった事業主がやっておくべきことをやるかどうかで、後のトラブルを防げるのです。
「法人」を相続するときのポイント
次に法人を相続するときのポイントを解説します。
父親が株式会社の代表取締役であったとき、父親が亡くなれば会社を自分が引き継ぐことになるのでは、と考える方もいます。
結論から言うと、会社自体を引き継ぐことはありません。
けれども場合によっては相続人が代表取締役になれます。
会社自体は引き継がないが代表取締役になることもあるとは何なのか、詳しく見ていきましょう。
株式や出資持分しか引き継げない
株式会社などの場合、「法人」と名前にあるように、法律によって”人”と定められています。
そのため父親が会社の代表取締役であったからと、相続するときに経営権だけでなく、会社の設備や土地など全てを受け継げるわけではないのです。
会社の設備や土地は、会社が所有するものとされるのです。
では何を受け継げるのか。
実際に相続できるのは株式のみです。
「株式のみ」と書きましたが、父親が会社の株式を100%保有していれば、自身が株主となり新しく代表を決められます。
つまり父親が持っている株式の数によっては、相続人が会社の代表になれるのです。
上場をしているような大手企業の場合、代表取締役が会社の株を100%持っていることはないので、株主総会にて新しい代表者が決められます。
一人の相続人が出来るだけ多くの株式を相続する
では会社の相続が生じたときの大切な要点は何かと言えば、それは「一人の相続人が出来る限りの株式を引き継ぐ」ことです。
父親が持つ株式の保有数にもよりますが、会社を引き継ぐつもりなら最低でも50%以上、つまり過半数の株式が必要です。
株式を分割して受け取ることによって、株主同士の意見が割れて、方向性などが決められなくなります。
株主の意見が割れて経営が止まることで、社員のモチベーションの低下や売上の減少はもちろん、ひいては倒産にもつながりかねません。
個人事業主のときと同様に、生前に親と子どもで継ぐかどうかをはじめ、しっかりと話し合っておくことが大切です。
トラブルなく相続するために、子どもの一人が株式を全て相続し、もう一人が個人の財産を中心に株式と同等の価値になるように相続するようにしましょう。
受け取る分に大きな差ができてしまっては後で相続人同士のトラブルにつながります。
株式の評価を適切に行う
会社の相続でトラブルを引き起こさないためにも「株式の評価を適切に行う」ことは大切です。上場して市場価格が明確な上場株式なら評価も難しくはありません。
けれども上場していない自社株は評価が非常に難しいです。
主な理由は評価の計算方法が複数あるからです。
自社株を受け取る場合は、税理士などの専門家に評価を依頼することがおすすめです。
依頼するときの手間や依頼料は発生しますが、それでも適切な評価を知ることが大切です。
遺産相続は遺言書がない、法定相続分では相続人が納得できないときに、遺産分割協議を行います。
これは相続人全員が、どの遺産を、どれくらいの割合で、誰が受け取るのかを話し合い、最終的には署名、捺印するものです。
協議を行うとして、自社株の正確な価値がわかっていなければ後に取り分の不公平さなどからトラブルが生じます。
自分たちで調べることもできますが、正確な評価を知るためにも専門家に依頼することが大切なのです。
家業を相続するときの注意点
では次に事業や会社を相続するときに特に注意すべき点を解説します。
借入の連帯保証人が被相続人でないか
まず借入の連帯保証人が被相続人か、もしくは母親などの被相続人以外でないかを確認しておきましょう。
会社や事業の借入の連帯保証人が誰かによって、債務を相続するケースや、相続放棄ができないケースもあります。
①会社の借入の連帯保証人が被相続人のとき
規模がそこまで大きくない会社のとき、主債務者が会社で、連帯保証人が代表取締役であることもあります。
このとき万が一、会社が返済できないなどの事態に陥れば、連帯保証人に、連帯保証人が亡くなった場合は相続人が債務を相続することになります。
被相続人の他の財産を含めても返済ができないのであれば、相続放棄も選択肢に入れて考慮する必要が出てきます。
そのため被相続人が会社の借入の連帯保証人になっていないかは生前に聞いておきましょう。
②亡くなった方が個人事業をしており、借入の連帯保証人に母親などを指定しているとき
父親が個人事業を営んでおり借入をしているときは、多くの場合、連帯保証人に母親が指定されています。
では、このときも会社のときと同様、父親が亡くなったときは相続放棄ができるのか。
このケースでは相続放棄をしても債務が放棄できるわけではありません。
なぜなら母親に返済義務があるからです。
放棄できるのはあくまで父親の債務であり、母親の債務は父親の財産と何ら関係がありません。
そのため亡くなった方の債務であれば相続放棄で返済を免れられる、と一概には言えないので注意しましょう。
相続放棄をすると全ての財産の相続が不可能に
父親が会社の代表取締役であり、かつ会社の借入の連帯保証人であったとき、相続放棄で債務も放棄できると書きました。
しかし相続放棄はあくまで最終手段であることを理解しておきましょう。
相続放棄は亡くなった方の事業ローンの返済の放棄ができます。
その一方で、債務以外の全ての財産、事業用財産から個人の財産(家や土地、車など)まで放棄しなければなりません。
思い出の品や先祖代々伝わる品など全てを放棄しなければならないです。
また相続放棄は申請できる期間があります。
申請の期限は3ヶ月、相続が発生すると知ってから3ヶ月しかありません。
そのため特に被相続人が会社の代表で会ったり、個人事業主であったりすれば債務のことは事前に把握しておいた方がよいでしょう。
申請は家庭裁判所に行い、方法は直接訪れて書類を書く、または書類を郵送します。
必要な書類は以下の3点です。
- 相続放棄の申述書
- 被相続人の住民票除票、もしくは戸籍附票
- 申請する方の戸籍謄本
3ヶ月を過ぎた場合もできないことはありませんが裁判所に何らかの事情で遅れたことを認めてもらう必要があります。
万が一過ぎてしまったときは弁護士などの専門家に依頼しましょう。
相続放棄はプラスの財産も含めた全ての放棄なので、繰り返しになりますが、よほど借金などが多いときの最終手段にしておきましょう。
相続税の対策をする
相続税は受け取る財産にかかる税金です。
株式を受け取る、事業用財産を受け取るとき、土地を受け取るときにも相続税はかかります。
特に事業や会社を相続させようと考えている方は相続税の対策を考えておきましょう。
相続させるものが多く、また価値が高いときは、その分、支払わなければならない税金も高くなります。
相続税の支払い対策をしておらず、いざ相続したときに高額な納税が必要になり、経営に悪影響を及ぼした、というケースも珍しくありません。
そこで相続税の対策として、まずは事業承継税制を考慮に入れましょう。
事業承継税制とは、後継者が自社株を受け取り新たな会社の経営者となるときには、相続税、そして贈与税が100%猶予される制度です。
この制度では相続税だけでなく、生前に譲渡する場合に発生する贈与税も猶予されます。
しかし注意が必要なのはあくまで「猶予」されるということです。
納税が免除されるわけではありません。
以下の3つの要件を満たさなくなったときには、相続税(もしくは贈与税)と利子税を一括で納めなければなりません。
- 自社株を受け継いだ後に、他の人に譲渡しない
- 後継者が自社株を受け継いだ後も会社の代表であり続けること
- 資産管理会社(不動産や株などの資産をもつ方が、その資産を管理するために作る会社)でないこと
事業承継税制は税の負担が一時的に0円になる嬉しい制度ですが、上記の要件を満たさなければ利子税も加わるため注意しましょう。
3つ目の要件「資産管理会社でないこと」に関して、従業員が5名以上いる場合は資産管理会社でも要件を満たすことになります。
相続人と被相続人で生前に相続の話をしておく
亡くなった方が個人事業主や法人の代表であったときの相続のポイントやその注意点を紹介してきました。
中でも最も重要なことは「相続人と被相続人で生前に相続の話をしておく」ことです。
- 会社や事業を引き継ぐのか、引き継ぐときは誰が引き継ぐのか。
- 事業財産と個人の財産が分けられているのか。
- 株式や事業財産と、個人の財産の割合は公平になるように、受け取る方が納得できるように相続できるか。
- また借入の連帯保証人になっていないか。
こういったことを生前に話し合って決めておくだけで、相続のスムーズさは全く異なってきます。
また被相続人が何も決めずに亡くなってしまうと、相続人同士でトラブルになることも多いです。
加えて相続人で話し合っている間に経営がストップしたり相続放棄期間を過ぎたりなどのことも起こります。
そのため生前にしっかりと話し合って取り決めておく、出来れば取り決めた内容を文章にしておけば後のトラブルも防げます。
専門家に相談することがおすすめ
会社を遺産相続するときのポイントや注意点を紹介してきました。
現在は少子高齢化社会でもあり、また親と子どもが離れて住んでいるケースも多いため、会社や事業の相続の問題は非常に増えています。
基本的には個人事業主か法人の代表かで手続きや注意するべき点が変わってきます。
しかし共通して大切なことは、被相続人と相続人が生前にしっかりと話し合い、取り決めておくことです。
経営が一時的にもストップすることは会社の存亡に、そして従業員の人生にも関わることです。
そのため事前に決めておけることだけでも決めておくと良いでしょう。
基本的に相続の手続きは会社や事業を引き継ぐ、引き継がないに関わらず専門家でないと出来ないということはありません。
しかし相続の手続きはいたるところに専門的な知識が必要になる部分や、正確に把握しなければならない部分があることも事実です。
本サイト「相続対策のすゝめ」で遺産相続に関する悩みを解決していただければ幸いです。
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