親や家族が認知症になったとき、困ることが多いのが遺産相続の問題です。
認知症を抱えている人が相続人や被相続人にいる場合、相続の手続きが複雑化してしまう可能性があります。
また費用がかかり、場合によっては相続によってその後の支払いに苦しめられるということにもなりかねません。
しかし、実際にどう手続きを行うべきなのか、ピンとこない人も多いかと思います。
そこでこの記事では認知症の遺産相続についてその手順や条件を詳しく解説します。
この記事を参考に認知症の方の遺産相続をスムーズに進める助けにしていただければ幸いです。
被相続人が認知症の場合の遺産相続の進め方
被相続人の人が認知症の場合、どのような手続きが行われるのかは、遺言があるのか、ないのかによって、相続の内容が大きく変わります。
ここでは被相続人が認知症の場合の相続について、詳しく解説していきます。
遺言書がある場合
認知症の人の遺言書がある場合、まずはその遺言書が有効かどうかを確認することから行われます。
遺言書が有効と定められているのは、遺言能力があるときでないと認められず、認知症のときに作成した遺言書は適切な手順を踏んでいない限り有効だと認めらません(適切な手順については後ほど解説します)。
また遺言書が有効とされるのは以下の観点から、総合的に判断されます。
・遺言者の認知症の状態や程度
・遺言者が遺言を作成するまでの経緯
・遺言作成時の状況
・遺言書の内容
これらの点から遺言書が有効だと判断された場合は、その遺言書の内容に基づいて相続が行われます。
しかし「遺言書の内容に納得ができない」という人が出てくるということがあります。
遺言書の内容に納得ができない場合には、遺言無効確認訴訟を行い、この訴訟が認められれば遺言を無効にし、遺言がないものとして相続を行うことができます。
遺言書がない場合
遺言書がない場合、遺産分割協議で相続人同士が話し合いを行うことで相続が行われます。
この場合、大まかに2つの選択肢があります。法定相続分に基づいて相続を行うか、話し合いのもと、別の割合で相続を行うかです。
ちなみに法定相続分は、民法886条により以下のように優先順位が定められています。
・配偶者は常に相続対象になる
・その子どもは第1順位として認められる(子どもがいない場合は孫)
・被相続人の親は第2順位として認められる(親がいない場合は祖父母)
・被相続人の兄弟は第3順位となる(兄弟がいない場合は兄弟の子ども)
配偶者は常に相続の対象になり、上記の中から配偶者を除き、最も順位の高いものだけが相続の対象になります。
例えば、配偶者とその子どもがいる場合には、第2順位、第3順位の人は相続の対象にはなりません。仮に第1順位に該当する子どもも孫もいない場合、第2、第3と順番が下がっていきます。大まかではありますが、このように考えるとよいでしょう。
いずれの方法を取る場合でも、必ず対象となる相続人全員がその内容に同意していることが条件になります。認知症の相続人がいる場合も例外ではありません。
また協議の後でトラブルになるかどうか気になる場合は、遺産分割協議書に話し合いの内容を記録し、捺印を行なっておけば、そのようなトラブルが起きた場合でも対応できるので、参考にしてください。
認知症の相続人がいる場合は成年後見制度を活用
被相続人ではなく、相続人の中に認知症の人がいる場合もあるでしょう。
このような場合でも、遺産分割協議に参加し内容について同意を得る必要があります。
しかし、認知症の人がいる場合、現実的に話し合いが難しいことがほとんどです。
この場合、認知症の相続人は自分では権利を行使することは難しいとみなされるため、成年後見制度を利用し、代理人を立てて遺産分割協議を行わなければなりません。
この場合成年後見制度を利用することで、始めて遺産分割協議を進めることができます。
また先ほど説明したように、遺産分割協議は相続人全員の承諾が必要であり、無視して遺産相続を行うことはできないため、注意が必要です。
また本人の合意がないまま、遺産分割協議書などに署名捺印を偽造すると、犯罪行為として処罰の対象になってしまうため、絶対に行なってはなりません。
ただし、遺産分割を行わない場合、遺言で遺産の帰属先が決まっている場合には、この成年後見制度を利用することなく遺産相続を行うこともできます。
成年後見制度を利用する場合、時間も手間もかかるため、遺産がそれほど大きくない場合には、事前に準備をし、この方法を使って相続を行うのも選択肢でしょう。
成年後見人制度の概要とメリット
成年後見制度とは認知症や精神障害、知的障害などによって、自分で物事を判断することが難しいとされる人を保護するための制度です。
この制度がなければ、認知症や精神障害をもつ人が法律上の手続きを行う場合に、不利な立場に追い込まれることは少なくありません。
自分で話し合いをすることが難しい人に後見人をつけ、法律手続きを行う際にはこの代理人も協議に参加させる必要があります。
後見人を決める方法としては、本人の意志能力が十分にある場合は、あらかじめ信頼できる人を後見人として指定する方法が取られます。
すでに認知症になっていることでそれが難しい場合には、法定後見制度を利用して後見人が指定されます。
ただし、この後見人も相続の対象になっている場合には、お互いの利益が干渉してしまうため、この場合には、特別代理人を改めて選出しなければいけなくなります。
成年後見制度を利用するメリットは、認知症の相続人が遺言なしで遺産相続を行う場合には必ず必要になります。
そのため、認知症の相続人がいる状態で遺産分割協議を行い、遺産相続をするためには、成年後見制度を利用するしか方法はありません。
遺産分割を行わない場合、遺言で遺産の帰属先が決まっている場合には、この成年後見制度を利用することなく遺産相続を行うこともできます。
ただし、不動産など分割できない遺産がある場合、それぞれで共有となってしまい、権利関係が非常に複雑になる恐れも考えられます。
遺言がない状態で遺産分割を行う必要がない状態というのも多くありません。
従って、認知症の相続人がいる家庭の場合には、成年後見制度を利用しない限り、相続を行うことは難しいと考えてよいでしょう。
成年後見人制度の注意点
遺産相続で相続人が認知症の場合には、成年後見制度を利用することになりますが、注意するべき点もあります。この点を踏まえておかなければ、遺産相続の手続きが難しくなってしまう可能性もあるでしょう。
ここでは成年後見制度を利用する場合、どんな注意点があるのか詳しく解説します。
親族以外が選ばれる可能性がある
成年後見制度を利用する時の注意点は親族以外が選ばれる可能性があることです。
親族ではなく、弁護士や司法書士など親族とは関係のない専門家が選ばれることが少なくありません。
成年後見制度は一度選ばれると、よほど大きな問題がない限り変更は認められません。
そのため、遺産分割協議の際や重要な話し合いの際には赤の他人とも言える専門家を交えなければならず、面倒さを感じてしまうのは避けられないでしょう。
対象となる認知症の人が十分に判断できる状態のときに任意で後見人を指定することもできますが、そうではない場合には親族が成年後見人に選ばれることは少ないと心しておきましょう。
成年後見人の報酬が発生する
成年後見制度を利用する場合、成年後見人になった人には年1回報酬を支払う必要があります。
この報酬の金額は、被相続人の財産によっても多少変わりますが大まかに月2〜6万、年間で24〜72万程度の費用がかかってしまいます。
この報酬によって、生活が困難になってしまう可能性もあるため、成年後見制度を利用する場合にはその費用をよく考えておく必要があります。
遺産分割の代理人にはなれない
なんらかの方法で親族を後見人に指定する方法もありますが、この場合、遺産分割の代理人になれないこともあります。
これは成年後見人自体が相続人の場合には、後見人と相続人の利害が相反する状態の場合です。
この場合は成年後見人であっても、遺産相続に参加することはできなくなってしまうため、特別代理人を選出しなければならなくなります。
この場合には、ほぼ間違いなく親族とは関係がない弁護士や司法書士などが選ばれることになるため、認知症の人が相続人の場合、遺産相続の話を第三者を交えなければならなくなることはどちらにしても避けられないでしょう。
認知症になる前にできる事とは?
被相続人の場合、相続人の場合どちらの場合でも、認知症になってからの遺産相続はかなり困難なものとなります。
「遺産相続を少しでも楽にしたい」そう考える場合には、認知症になる前に準備を整えておくことで、遺産相続の手続き上の負担を大幅に減らすことができます。
ここでは被相続人や相続人が認知症になってしまう前に準備できることにはどんなものがあるか、次で詳しく解説します。
成年後見制度を利用するか検討
最初に考えるべきことは認知症になった場合に、成年後見制度を利用するかどうかです。
成年後見制度は、手続きが複雑で手間がかかるだけではなく、一度選定してしまうと、永続的に成年後見人に対して報酬が発生してしまいます。それも年間何十万単位とお金がかかるため、その負担は小さくはありません。
ある程度資金に余裕がある場合、相続する資産でその報酬を十分にまかないきれる場合にはそれも選択肢ですが、金銭的に十分な余力がない場合には、無理に成年後見制度を利用し、相続を行なってしまうと後々で大きな負担になる可能性も考えられます。
特に相続の場合、高齢者となり今後収入を増やしていくことが難しいことも多いでしょう。
そのような点も踏まえ、本当に成年後見制度を利用するべきなのかは考えた方がよいです。
遺産分割をせず法定相続を行うのであれば、成年後見制度を利用しない方法で遺産相続をすることもできます。
また被相続人が認知症になる前に遺言書を作成しておけば、成年後見制度を利用せずに済ませられることもあります。
以上の点なども考えて、本当に成年後見制度を利用するべきなのかどうか、考えた方がよいでしょう。
遺言書の作成を行う
認知症になる前にできることの一つが遺言書の作成です。
認知症になってしまってからだと、遺言能力の有無が確認できない場合、遺言書を作成しても認められないこともあります。
そのため、認知症になる前に遺言書を作成しておくことで、その内容に従った遺産相続を行うことができ、話し合いをスムーズに進められます。
「もうすでに認知症の場合は何もできないのか?」そう不安な方もいるかもしれませんが、なんとかする方法がないわけではありません。
この場合には、民法973条に定められている、「成年被後見人の遺言」に従って手続きを行えば、遺言として認められる可能性があります。
第九百七十三条 成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言をするには、医師二人以上の立会いがなければなりません。
2 遺言に立ち会った医師は、遺言者が遺言をする時において精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記して、これに署名し、印を押さなければならない。ただし、秘密証書による遺言にあっては、その封紙にその旨の記載をし、署名し、印を押さなければならない。
(証人及び立会人の欠格事由)
引用:民法第九百七十三条(成年被後見人の遺言)
つまり、認知症が一時的にでも解消している場合に医師が2名以上立会い、遺言書を作成することで、有効な遺言書として認められます。
また遺言は自筆で作成するのが簡単ですが、より確実に有効にするためには、公正証書遺言といって、公証人が関与した状態で作成する遺言書を作ることも効果的です。
また、認知症になった後でも、遺言を作成できるだけの判断能力があることを示す資料などが残っていると、遺言が無効になるリスクを少しでも減らすことができます。
認知症であっても、このような手続きを踏むことで有効な遺言書を作成できるため、参考にしてください。
また以上のような手続きを経ておかなければ、遺言無効確認訴訟によって、遺言が有効ではないとみなされてしまう可能性もあります。
遺言を作成する場合は、無効にされないよう事前に準備を整えておくことが大切です。
相談先を決めておく
遺産相続を行う場合、特に認知症の相続人がいる場合、相続は困難を極めます。
そのような事態になってしまう前にあらかじめ相談先を決めておくこともおすすめです。
被相続人や相続人が認知症になってから動き始めると、それほど関係ができていない第三者が成年後見人になってしまうことも少なくありません。
あらかじめ相談ができる第三者の弁護士や司法書士の人がいるのであれば、そのような人に成年後見人になってもらうことで、話し合いなども無理なくスムーズに進めやすくなるでしょう。
まとめ
この記事では相続人や被相続人が認知症の人が相続を行う場合に、どのような手続きを取るべきなのか、具体的にお伝えしました。
被相続人が認知症の場合、有効だとみなされる遺言書の作成が困難な場合には、遺産分割協議によって遺産相続を行う必要があります。
そのような事態を回避するためには、あらかじめ遺言書の作成を行なっておくことが効果的です。
また相続人が認知症の場合には、成年後見人制度を利用しないと相続ができなくなってしまうケースも多いです。
成年後見制度を利用すれば、相続人が認知症の場合でも相続に関わらせることができますが、その場合、年間で数十万円の報酬を払い続けなければなりません。
以上の点を踏まえ、どのような手続きを行うのがベストなのか、その参考にしていただければ幸いです。
この記事へのコメントはありません。