相続財産の中で賃貸物件が占めるウェイトは年々大きくなっています。賃貸物件は、相続税の節税効果が大きいので、同税の改正施行後は特に注目浴びているのです。
しかし、賃貸物件は自由度の低い相続財産なので、遺産分割時にトラブルが生じる場合もあります。
今回は、賃貸物件の相続・分割に関する説明です。基本的な流れから、賃貸物件の相続や分割の注意事項なども組み入れていますので、賃貸相続の参考にしてください。
遺産分割の基本的な流れ
賃貸物件の相続税財産を遺産分割するには、まず、基本的な遺産分割についての流れを知っておく必要があります。 理由は、賃貸物件の相続税評価の計算そのものが複雑だからです。
また、金融資産と違って賃貸物件は分割することに対して高いハードルがあります。分割前に売却できれば問題は小さくてすむかもしれません。しかし、分割せずに共同所有したり、売却予定なのに買い手がつかなかったりすれば、様々な問題が生じる恐れがあります。
ここではまず、基本となる遺産分割についての流れを解説します。どれだけ複雑な相続財産の遺産分割であっても基本は同じです。
相続人を確定する
遺産分割においては最初に、相続人を確定する必要があります。原則として法定相続人が法で定まっていますが、遺言書や相続放棄などにより、必ずしも法定通りになるとは限りません。
ちなみに、法定相続人とは以下のようになります。
配偶者 | 配偶者以外 | |
子供がいる場合 | 相続人 | 子も相続人 |
子がいなくて親が存命の場合 | 相続人 | 親も相続人 |
子も親もいない場合 | 相続人 | 兄弟姉妹も相続人 |
子も親もいない場合で、孫がいる場合は孫が代襲相続人となり、兄弟姉妹は法定相続人となりません。
また、子も孫もいないが、祖父母のどちらかが健在であれば、祖父母が代襲相続人となるので、兄弟姉妹は法定相続人とはなりません。
被相続人の配偶者が、離婚や死別ですでにいない場合は、配偶者を除くだけで法定相続人は直系親族が優先となります。また、兄弟姉妹の代襲相続人は認められていません。
遺言書により法定相続人ではない立場の人でも相続人と認められた場合があります。しかし、基礎控除額の決定は、あくまでも法定相続人の人数に応じて増減するということを認識しておきましょう。
相続財産を確認する
遺産分割を行う前に、相続財産を全て洗い出す必要があります。分割決定後に相続財産がでてくれば揉め事の原因にもなりますし、相続税の申告や納税にも影響します。相続税の対象となる財産は多種多様です。経済的に価値のあるものなら全て相続税の対象と認識しましょう。
それは、負の財産も同じです。被相続人の財産を合計するとマイナスになるようなら、相続放棄という手段を選択できます。これは、相続開始から3ヶ月以内に決めなければならないので、準備が整っていなければ急を要します。
3ヶ月以内に相続財産の整理ができなければ、限定承認という手段があります。しかし、手続きが煩雑になるので、可能な限り被相続人の生前から相続財産の確認をしておくと良いでしょう。
相続税の対象となる財産は、下記の国税庁ホームページで確認できます。
No.4105 相続税がかかる財産
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4105.htm
遺産分割協議を行う
相続財産の目録が出揃えば、相続人全員で遺産分割協議を行います。遺言書があれば、遺産分割協議の場で遺言書の内容に沿って分割協議します。遺言書の効力は法定相続を超えていて、遺産分割協議でももっとも尊重されるべきものです。
遺言書の内容があまりに偏っていて、遺留分まで侵害されているケースもあるかもしれません。そして、その内容が承服できない場合は、遺留分侵害請求権を行使することが可能です。
遺産分割協議において、次に尊重されるものは法定相続分ですが、遺産分割協議で決定した事項は、法定相続分を上回る効力があります。故に、遺産分割協議の決定は、相続人全員の合意が必要となるのです。
相続財産に賃貸物件があれば、遺産分割協議は揉めやすいとされています。理由は、賃貸物件を売却するのか、賃貸業を承継するのかで、各相続人の意見が分かれやすくなるからです。仮に賃貸業承継を選んでも、相続方法で意見の相違が出やすくなります。
被相続人の相続財産に、賃貸物件などの分割しにくい財産が含まれていると知っていれば、生前から被相続人を含めて話し合っておくと、円滑に協議が進行するでしょう。
相続人全員の合意の確認
先にも述べましたが、遺産分割協議の決定には、相続人全員の合意が必要です。相続税の申告と納税は、相続開始から10ヶ月以内ですので、早めに合意形成が成されるようにしましょう。
最終的に遺産分割協議書を作成するのですが、協議を行うごとに議事録を残しておけば、協議の進行もスムーズになります。
遺産分割協議で問題なのは、協議がまとまらない場合です。相続人同士の話し合いで解決しない場合は、家庭裁判所での調停となります。その調停が不成立となった場合は、裁判所の審判によって遺産分割が決定します。
賃貸物件は、遺産分割が難しい相続財産です。転ばぬ先の杖ではありませんが、相続税は期限が定められています。被相続人と相続人は共に、遺産相続の方向性を話し合ったり、遺言書を作成したりするなどの対策を講じる必要性があるのではないでしょうか。
遺産分割協議書の作成
相続人全員が、遺産分割について合意すれば、次は遺産分割協議書の作成に移ります。遺産分割協議書は、協議で決定した内容を書面で証明するものです。
遺産分割協議書には、被相続人の氏名や住所本籍のほか、相続財産の内訳と誰がどのような配分で相続するかを記載します。そして、末尾に相続人全員の住所氏名と実印を押して印鑑証明書をつけるようにします。
この遺産分割協議書がなければ、賃貸物件の登記の変更もできませんし、預金の引き出しもできません。すなわち、遺産分割協議書がなければ遺産分割できないということです。また相続税の申告時にも、この遺産分割協議書を税務署に提出する必要があります。
賃貸物件を相続し名義を変更するには、遺産分割協議書を法務局へ提出する必要があります。その際に必要な書類がありますので以下に記します。
- 被相続人の戸籍全部事項証明書・除籍全部事項証明書
- 各相続人の戸籍全部事項証明書(被相続人との関係のわかるもの)
- 遺言書
- 検認済証明書
- 財産目録
- 相続人全員の印鑑登録証明書
以上の書類と遺産分割協議書を法務局へ提出すれば被相続人から相続人への所有権移転登記を行えます。
相続財産を遺産分割する4つの方法
賃貸物件も含めて、相続財産を遺産分割するには4つの方法があります。現金であれば、遺産分割協議において決定した相続分通りに分割すれば良いのですが、賃貸物件などの不動産は、簡単に分割できるものではありません。
まず、分割方法を知ってから相続について協議するとスムーズに協議が進みます。ここでは、それぞれの分割方法について解説します。
現物分割
相続財産の現物分割とは、被相続人の遺産を1つ1つ相続人の誰が相続するのを決める方法です。
例えば、相続人が子2人で、相続財産が現金2億円と実勢価格2億5000万円の賃貸物件とします。このケースでは相続人は子が2人とするので、法定相続分はお互いに50%となります。
しかし、遺産分割協議にて、現金は長兄で賃貸物件は次男が相続すると決まれば、相続人がお互いに現物分割したことになります。
つまり、相続財産そのものを現物で分割する方法が現物分割です。きっちり正確に相続財産を均等に分けるわけではないので、当然ながら相続人によって多少の差額は生じます。後々にトラブルが起こらないように遺産分割協議でよく話し合って決めるようにしましょう。
代償分割
代償分割とは、ある相続人が特定の財産を相続する代わりに、他の相続人に代償となる金品などを与える方法です。
仮に、長男が3億円相当の実勢価値がある賃貸物件と賃貸事業を相続したとします。代わりに他の相続人に、法定相続分に相当する代償を与えて、他の相続人がそれを了承した場合は代償分割が成立するのです。
この分割方法の大きなメリットは、賃貸事業に限らず、被相続人の事業を承継できることです。
被相続人が、生涯をかけてなし得た事業を、遺産分割や相続税のために廃業するとなるとあまりにも偲びないのではないでしょうか。そのためにも、このような方法があるので遺産分割協議で被相続人の意思を尊重するようにしましょう。
共有分割
共有分割とは、1つの相続財産を複数の相続人が共同で相続する方法です。賃貸物件では、相続した土地や建物を共同名義で所有することになります。
共有分割は、公平な分割方法ですがトラブルが起こりやすい特徴があります。賃貸物件を共同名義で相続するとなると、賃貸経営においても共同経営となるのです。共同名義の不動産については、名義人全員の合意がなければリフォームも増築もできません。経営方針が違えば、名義人全員が合意するまで経営がストップした状態になります。
また、相続人の1人が亡くなれば その子や孫が相続人となってさらに共有分割することになるかもしれません。そうなると更に管理が難しくなるでしょう。共有分割は、相続人全員がこのようなデメリットをよく理解した上で選択しなければなりません。
換価分割
換価分割とは、不動産などの相続財産をお金に代えた上で、その金銭を分ける方法です。賃貸物件においては、貸家建付地と貸家を売却して得たお金を分割することになります。
換価分割は、将来的なトラブルを避けるためには良い方法ですが、あくまでも遺産分割の最終手段として選択する方法です
賃貸物件を含む不動産を売却すれば、譲渡所得税が課せられる可能性もありますので、相続税と譲渡所得税を十分考慮したうえで決定するようにしましょう。
賃貸物件の換価分割における申告や納税は、素人には難解ですので相続のプロフェッショナルに依頼したり相談したりするほうが無難です。
賃貸物件の相続税評価
相続財産である賃貸物件を遺産分割するには、賃貸物件の相続税評価が欠かせません。また、相続税の申告や納税についても相続税評価は必要なものです。 ここでは、賃貸物件の相続税評価について解説します。
土地と建物は別々に評価
賃貸物件を含めて不動産の相続税評価は、土地と建物を別々に評価し価額を算出します。賃貸物件の相続税評価では、賃貸用の建物を貸家としその建物が建っている土地が貸家建付地とされています。また、所有者自身が使用する土地は自用地で使用している建物は自家用建物や自用建物とされています。
自用地や固定資産税が評価の基準に
賃貸物件の相続税評価の基準は、自用地や自用建物となります。賃貸物件は、貸家建付地、貸家ともに自用に比べて評価が低くなるように定められているのです。
理由は、所有している土地や建物を自由に使用できないからです。自分で使用していれば、自由に使えますが、第三者に貸し出している建物や土地は、所有者が自由に使用できません。これは借主が賃貸契約において、借地権や借家権を有するからです。
借地権や借家権は、借主を守るために法律で定まっているものですので、所有者といえども侵害することはできません。ですので、自由度が低い貸家建付地や貸家は自用の不動産よりも相続税評価が低くなるのです。
相続税対策にもなる賃貸物件の評価と計算式
それでは、賃貸物件の相続税評価はどのように計算されるのかを解説します。まず、基となる自用地の価額を算出しましょう。自用地の価額は下記の式で計算できます。
自用地の価額=正面路線価×土地面積(㎡)×奥行価格補正率
正面路線価は、国税庁のホームページに「財産評価基準書 路線価図・評価倍率表」がありますので、そこで確認します。また、奥行補正率も国税庁のホームページの「奥行価格補正率表」がありますので、簡単に誰でも確認できます。
自用地の価額を算出したら、次は貸家建付地です。貸家建付地の価額は下記の式で計算できます。
貸家建付地の価額=自用地としての価額-自用地としての価額×借地権割合×借
家権割合×賃貸割合
この計算式にある借地権割合と借家権割合は、先の「財産評価基準書 路線価図・評価倍率表」で確認し、賃貸割合は下記の式で計算します。
賃貸割合=課税時期において賃貸されている各独立部分の床面積の合計÷当該家
屋の各独立部分の床面積の合計
賃貸割合の計算式を要約すると、まったく同じ間取りの部屋が20戸あるアパートとして、1戸空室なら賃貸割は95%、2戸空室なら賃貸割合は90%となります。
これらの数字をしっかり確認すると貸家建付地の相続税評価ができて価額を算出できるのです。
次に、貸家の相続税評価ですが、自用建物の価額は固定資産税評価額になります。貸家の価額は下記の式で計算できます。
自用建物の価額=固定資産税評価額
貸家の価額=自用建物の価額-自用建物の価額×借家権割合×賃貸割合
借家権割合は、貸家建付地と同様「財産評価基準書 路線価図・評価倍率表」で確認し、賃貸割合も貸家建付地と同じ計算式で算出します。そして、貸家建付地と貸家の価額を合計すると賃貸物件の価額となるのです。
あくまでも目安ですが、賃貸物件の場合は実勢価格からすると現金で同額をそうぞくした場合よりも30~40%評価額が安くなる場合があります。つまり、相続税だけをみると、現金で相続するよりも大幅な節税効果が見込めるのです。
参照
財産評価基準書 路線価図・評価倍率表
https://www.rosenka.nta.go.jp/
奥行価格補正率表
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/hyoka_new/02/07.htm
賃貸物件の相続に必要な注意事項
賃貸物件の相続については、現金や金融商品などの相続と比べて注意しなければいけないことが多くあります。注意事項を確認せずに安易な相続を行えば、後で大きな代償を支払わなければいけないケースもあるのです。ここでは、賃貸物件の注意事項を5つ解説します
不動産投資ローンなどの残債の確認
被相続人が自由家に不動産投資ローンなどから融資を受けて賃貸住宅を建てているというケースは増えてきています。相続時には、賃貸住宅のローンの残債の有無などよく確認するようにしましょう。
相続発生前後の家賃収入
相続発生後に生じる家賃収入は、遺産分割が終了するまで一時的に相続人全員の共有財産となります。分割後は、協議によって定められた相続人が該当する賃貸物件を相続し、家賃収入を得るのです。
ただし、共有分割した場合は、共有する相続人それぞれの持分に応じて家賃収入を分割することになります。
登記名義の変更
被相続人から賃貸物件を相続した相続人は、できるだけ早く相続登記を済ませるほうが良いでしょう。ちなみに、相続登記は相続人に対して義務付けられているものではありません。
しかし、年月が経ってから相続登記をしようとしても、他の相続人の協力が得られず相続登記の手続きが煩雑になる可能性もあります。将来の火種は摘める時に摘んでおくほうが良いでしょう。
各種契約の確認
被相続人がかけていた、火災保険や地震保険などの各種契約についてもよく確認しましょう。特に、保険や管理会社の契約などは、契約を見直す機会にもなるのです。
その上で、納得できるものは契約を継続し、それ以外のものは内容を変更した契約を結びなおす必要があります。いざという時に、保険金が受け取れない場合や、家賃収入が入ってこないなどのトラブルが起こらないように注意しましょう。
賃貸借契約の継承
被相続人から賃貸物件を相続し、賃貸経営を承継したのであれば借主にオーナーチェンジを告知するようにしましょう。告知には法律上の義務はありませんが、今後の関係性を良好に保つ意味でも通知しておいて損はありません。
また、この機会に賃貸借契約の内容もしっかり確認しておきましょう。借主から敷金を預かっていた場合には、契約終了後に借主に返還しなければならない可能性があります。相続税の申告時にも、債務として控除できるかもしれません。
遺産分割協議は慎重に
ここまで、遺産分割の基本的な流れから、遺産の分割方法や賃貸物件の相続税評価などについて解説しました。
遺産を分割するには、遺産分割協議が重要です。スムーズな遺産分割と相続ができるかどうかはこの協議にかかっています。特に、分割しにくい賃貸物件などが相続財産に含まれているときは、被相続人の生前中から相続人達のコンセンサスを得ておくことが鍵になるでしょう。
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